スペシャルコラム 

 

 

〜 あの日 あの時 青春野郎 〜

 

 

第6回 「 神宮の夢」

 

 

きうきモンキーズ阿部様より、ご指名頂きましたとつの川村です。先日、St決勝Tでイクターボさんに完敗致しました。さすが昨年度王者です!うちのチームとは野球に対する姿勢が全く違いました。2死で平凡な投手フライをエラーし、2塁ランナーの土屋様は全力疾走を怠らず、見事に得点されました。全力疾走は当たり前のことかもしれませんが、それを当たり前にできるところが素晴らしいと思います。あれがうちのチームだったら、3塁で止まっていたことでしょう。今季よりStに参加させて頂き、夏までは勢いで結果を残すことができましたが、選手層の薄さ、チームとしての野球に取り組む姿勢の甘さが後半戦の苦戦につながりました。来季は今年Stで学ばせて頂いた多くのことを生かせるように頑張りたいと思います。今季対戦させて頂いたチームの皆様、ありがとうございました。
 
て話がそれましたが、私の野球人生において一番影響を受けた試合があります。それは、10年ほど前の大学野球の早慶戦です。私は、現西武ライオンズの高木大成選手が中学の先輩で御近所さんだったこともあり、毎シーズン早慶戦に応援に行っていました。そこでの試合が今でも忘れられません。当時、早稲田の4番は現巨人の仁志選手でした。その日は、すでに一本HRを放っており、慶応の3点差で迎えた最終回、2死満塁でバッター仁志選手。ご存知の方もおられると思いますが、ここで仁志選手は二本目のアーチをレフトスタンドに放ったのです!逆転サヨナラ満塁HR。私は鳥肌が止まりませんでした。そして同時にこの舞台で野球がやりたいと思いました。

通の高校生だったら、大学の前に高校で甲子園を目指すでしょう。しかし、私の目標は神宮でプレーすることでした。高校は、西東京の都立高校だったので、神宮でプレーするには選手権大会でベスト4に入る必要がありました。西東京で都立高校がベスト4に入るのは非常に厳しいものがありますが、ちょうど私が2年生の時はベスト8までが神宮でプレーできることになりました。そして、先輩達(Stに所属するピンズの主力メンバー)の御陰で神宮でのプレーが実現しました。その試合は、負けてしまったのですが私は幸運でした。今度は大学生となり、サークル野球の関東大会の舞台で神宮でプレーすることができたのです。仁志選手の時ほどとは言いませんが、素晴らしい試合を経験することができました。

様にとっては思い入れのない球場かも知れませんが、甲子園よりも、神宮が私にとっての野球の聖地です!!

それでは、バトンをお渡ししたいと思います。ずっと男性が続いたので、女性の青春物語をお聞きしたいのでご指名させて頂きたいと思います。MISAWA末村様、どうぞ宜しくお願い致します。 

と つ  監 督 川村  悠

2002/11/19

 

 

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